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zoom RSS 日本ODA外交の迷走

<<   作成日時 : 2006/01/26 20:54   >>

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日本のODAを批判 インドネシア副大統領
2006年 1月26日 (木) 18:08


 【ジャカルタ26日共同】インドネシアの英字紙ジャカルタ・ポストは26日、ユスフ・カラ副大統領が、東京で開かれたインドネシア人の会合で、最大援助国である日本の政府開発援助(ODA)について、借款供与に偏重しており自国の利益にならないと批判、対日依存からの脱却と中国重視を訴えたと報じた。

インドネシアは日本にとっても、最大のODA供与国。対外債務がインドネシアの重荷になっていることから、日本は2000年度から円借款などの返済繰り延べを実施している。非政府組織(NGO)はインドネシアを借金漬けにしたと日本を批判しているが、首脳級による批判は異例。

同紙によると、副大統領は「一国(日本)に頼っていてはならない」と述べた。また、日本の援助は借款に力を入れすぎ、日本側の利益の方が大きいとして「借款は支援と呼べない」と批判、中国との経済関係を重視する姿勢を示した。

http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20060126/20060126a3130.html


ジャカルタポスト(英語版)より引用

"I would never ever use the word 'support' for loans. The correct word is cooperation. Japan always considers a loan 'support' while we are required to repay it," he said.

- 我々は借金を返済しなければいけないのに、日本はそれを「援助」と呼ぶ


The construction of a dam in North Sumatra with a Japanese loan was once considered a milestone in the relations between the two countries, he said.

But Indonesia was still being crippled by the repayment rates on the project, Kalla said.

"We lent lots of money from (the Japanese) but after more than 30 years, the project is nothing but a loss. I said I would buy it for US$600 million and told (the Japanese businessmen) there to go home. My statement shocked (Finance Minister) Pak Boediono, but that's what it is."


以下略)

http://www.thejakartapost.com/detailnational.asp?fileid=20060126.C01&irec=0


文中にある北スマトラのダムとは「コタパンジャン・ダム」の事でしょうか。

リアウ州と西スマトラ州の境界付近にある水力発電用のコタパンジャン・ダム。
計画建設費の八割強の三百億二千五百万円を円借款で賄い、一九九八年に操業を開始した。百二十四平方キロがダム湖に沈み、四千八百六十六世帯の約一万七千人が高台へ移転した。

 インドネシア政府は移転住民に一世帯当たり二ヘクタールのゴム園などの代替地や補償金提供を約束した。

 しかし、現地では雑草が茂る「ゴム園」が目につく。元農業アザムリルさん(36)は「代替ゴム園にゴムの木は二十本しかなかった」と語る。生計を立てるため、週のうち六日間は妻子と離れて一人でダム湖のほとりで暮らし、魚を捕る。

 住民が移転に合意したとされる九○年代半ばは旧スハルト独裁政権下。補償を求めて国内で訴訟を起こした農業シャムスリさん(58)は「警官が私の口に拳銃を突き付け『訴訟を取り下げろ』とすごんだ」と話す。兵士百人余りが駐屯し、威圧したとの証言もある。

 日本での訴訟を準備する住民団体のマスルル・サリム会長(50)は、伝統的社会が移転によって崩壊したと説明し「新婚世帯に貸与する共有地がない。断食月前の祭りで身を清めた清流も湖に沈んだ」と嘆く。

 一方、円借款を執行した海外経済協力基金の業務を継承する国際協力銀行は「ダムによってスマトラ島の電力が補われ、プロジェクトの目的は達成されている。住民補償もかなり終わったと聞いているが、インドネシア側の努力には関心を払っている」(枦山信夫ジャカルタ首席駐在員)としている。

 インドネシアの地方開発企画局幹部ノフィアン・ブラノさん(44)は、訴訟を支援する日本の非政府組織(NGO)が「問題を誇張している」と顔をしかめ、「住民は補償金をバイクやテレビ購入に使い果たし、新たにカネをもらう理由を探している。改革の時代で自由にものが言えるから」と話す。
(スマトラ島中部、共同=米元文秋)

沖縄タイムスより引用
http://www.kotopan.jp/13%20media/20020731okinawatimes.html


副首相がODAを批判する背景には様々な理由があるでしょう。
しかし、政権中枢の人間からこの様な批判が出てきたという点に留意すべきだと思います。


ODAそして現在の対アジア外交に関して、非常に的確な指摘を行っているのが日経新聞社の鈴置 高史 編集委員です。


日本外交の失われた10年(1/18)

 後世の歴史家は、20世紀末から21世紀始めにかけての10年を「日本外交の失われた10年」と呼ぶかもしれない。台頭する中国や日本経済の比較優位の喪失など状況の激変に日本政府はまったく気づかず、適切な外交政策を打ち出さなかったからだ。

中国の台頭を無視し続けたチャイナスクール

 中国の経済的台頭は90年代半ばから明白だった。粗鋼などの生産力で日本を上回り、品質管理で日本に追いついたのがそのころだ。劣っていた生産の質さえ日本に追いつけば、人口が10倍の中国が一気に規模の面でも飛躍し、日本を凌駕(りょうが)していくのは当然だ。日本の一部メディアは90年代半ばからこれを繰り返し指摘していた。2000年以降は「中国台頭」は多くの雑誌なども競って書く定番の記事になった。だが、日本政府は目をつぶったままだった。

第1回東アジアサミット、会議開始前の記念撮影に臨む小泉純一郎首相(中)(右は温家宝・中国首相、左は盧武鉉・韓国大統領〔著作権:AP.2005〕

 2001年秋にある自民党の大物政治家は北京を訪れた。その直後に「外交官からビジネスマンまで、外務省の設定で会った北京の日本人はいまだ、『中国経済なんてたいしたことはない』と一斉に口をそろえた」と苦笑しながら語った。苦笑しながら、というのは外務省の「情報操作」があまりに露骨だったからだ。

 この政治家は民間企業に勤務した経験を持っていたから、すぐそのいいかげんさを見抜き、こう漏らしていた。「中国企業の平均値が低いのは事実だとしても、日本企業と競争する一部の企業の競争力が優れていれば日本は空洞化する」。

 実際にそうなったのだが、日本の中国専門家(チャイナスクール)はその現実を無視し、政治家にも敢えて間違った情報を流し続けた。いったい何が目的だったのだろう。

日本の役人の一人が当時語ったところによれば「そんな本当のこと(中国台頭)を政治家に知られれば、対中援助を止められてしまう。チャイナスクールとして貴重な利権たる援助を失うわけにはいかない」。


対外認識の遅れが呼んだ さらなる地位の低下

 「中国の台頭」という現実認識の遅れは、その後の日本外交に致命的ともいえる失敗をもたらした。中国は成長性を武器に東南アジア諸国に自由貿易協定(FTA)を呼びかけ、たちどころに実現した。その動きが明らかとなっても日本の外交官たちは、あるいは彼らからレクチャーを受けた政治家たちは「東南アジアは世話になっている日本に弓を引いて、中国とくっつくことはできない」と真顔で公言していた。

 いくら世話になったことがあると言っても、経済大国に台頭し、すぐに日本以上に経済関係が深まる中国の意向と威光を無視できる国はない。日本の国連常任理事国入りを巡る、東南アジア諸国の中国寄りの姿勢も同じ文脈からだ。

 もっとも、日本の失敗はFTAで遅れをとったり安保理問題で挫折しただけではない。「台頭中国」と対照的に「衰退日本」のイメージがただでさえ広がっているのに、イメージの劣化を自ら加速したのだ。日本はFTAを超えると自賛する経済連携協定(EPA)や「東アジア共同体構想」で巻き返しを図ったが、中国に遅れた分だけ中国排除あるいは敵視の方向を打ち出さざるをえなくなった。その結果「日中対立をかもし出しアジアの一体化を邪魔するトラブルメーカー」と東南アジアから見なされるようになった。


「援助」と「情報」の分離

 いま、「ODA庁」構想が浮かぶ。援助の権限を外務省から奪って首相直属の機関に移す、という構想だ。「政府系金融機関見直しの一環」として主張されるこの構想は、単に効率向上だけが狙いではなく、様々の政治的な思惑もからんでいるのだろう。

 だが、「正確な情報を日本のトップが持つ」という意味では、政策実行機関たる外務省から援助の機能を切り離すのは正しい方向だろう。繰り返しになるが、中国を巡る外務省の「情報操作」は同省が「援助」の権限を持っていたことが主因だったからだ。

 さらに言えば、外交・安全保障に関する強力な分析組織も外務省以外に、たとえば首相の直轄機関として作るべきだろう。「中国」の例で言えば、首相直轄の力強い情報機関があれば認識の遅れは少々は救えたかもしれない。

 どんな組織でも、パフォーマンスをチェックするために、「実行機関」とは別途の「分析機関」を作るのは常識だ。金融の世界でいえば、民間金融機関に対する国の指導と検査を同じ組織がすべきではない、という理屈と似ている。いや、比較的容易に危機を認識できる国の問題以上に、海外に関しては情報収集・分析の仕組みに意を注ぐべきだろう。


日経新聞者サイト内 「NET EYE プロの視点」より
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/suzuoki/index.html



外務省改革が真剣に必要だと思う今日この頃です。



この「NET EYE プロの視点」はどの記事も読み応えがあって面白いですね。

ピーノのオススメです。
↓    ↓    ↓
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/



怒りを超えてもはやお笑い!日本の中国援助ODA―誰も知らない血税3兆円の行方
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