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zoom RSS 旧日本軍の遺棄化学兵器問題について考える

<<   作成日時 : 2006/01/04 03:34   >>

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遺棄兵器処理 中国、予定外の要求 大型変電所やヘリポート 軍事転用狙う?

中国での旧日本軍遺棄化学兵器処理事業をめぐり、中国側が当初の予定になかった
大規模変電所やヘリポートの建設を要求していることが二日、明らかになった。
処理施設建設予定地の吉林省ハルバ嶺は、ロシアや北朝鮮国境に近い地政学上の要衝。
与党からは事業終了後に中国側が施設解体に応じず、人民解放軍の弾薬保管や
ミサイル格納などに転用する可能性を指摘する声が出ており、今春、現地調査に乗り出す方針だ。

 与党関係者らによると、中国側は新たにヘリポート建設を要求してきたほか、
五万−七万キロワットの処理能力を持つ変電所の建設を非公式に打診。
三十万−四十万発の化学兵器処理に必要な変電所は数千キロワット規模とみられており、
中国側の要求は大幅に上回っている。

また、ハルバ嶺を訪れたことがある関係者らの調査で、処理施設建設予定地の周辺道路や施設内の道路は、
すでに数十トン級の戦車や装甲車が通行できるほど頑丈に舗装されていることが判明した。
これに対し、日本政府は「処理施設の基本設計が完成する今年度いっぱいまで、
所要電力量は分からない」(内閣府遺棄化学兵器処理担当室)と説明するだけ。
舗装道路についても、「軍用車両が通行できるかもしれないが、あくまで化学弾を運搬する車両のためのもので、
軍用車両の通行は想定していない」としている。
 
施設建設を含む処理事業は日本側の負担で、少なくとも二千億円程度に上るとされる。
内閣府の高松明遺棄化学兵器処理担当室長は産経新聞に対し、
「化学兵器処理の終了後は施設を解体する」と説明しているが、
現時点では「中国側の同意を得たわけではない」(遺棄化学兵器処理担当室)といい、
事業終了後の施設解体をめぐる中国側との協議は妥結していない。
 
一九九九年七月に締結した遺棄化学兵器に関する日中覚書は、日本が処理費用をすべて負担するだけでなく、
処理の過程で起きる事故も日本がすべて補償する内容。このため、
日本側が事業終了後に施設の引き渡しと解体を求めても、
中国側が新たな遺棄化学兵器の発見などを理由に応じない可能性がある。
 
昨年十一月に自民、公明、民主の議員団による現地調査が中止され、処理事業の実態は不透明なまま。
与党はこうした状況を問題視しており、自民党の閣僚経験者らが中心となって今月中に有志議員による調査団を募り、
雪解け後の現地入りを目指す。
     ◇
【用語解説】遺棄化学兵器
 旧日本軍が中国に遺棄したとされる毒ガス砲弾など。
1997年4月に発効した化学兵器禁止条約で、日本が原則的に2007年4月まで(最大で5年延長可)に処理する義務を負う。
中国側は遺棄砲弾数を約200万発と主張していたが、最近の調査では30万−40万発と推定される。
約9割が埋められている吉林省ハルバ嶺で焼却処理する。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060103-00000000-san-pol



以前、ピーノも

とある投書に思ふ
http://pinoccio.at.webry.info/200511/article_4.html

で中国の主張する毒ガス問題について触れましたが、今回はこの問題に関して、より深く掘り下げてみたいと思います。
今回は少し長くなりますので、興味のある方はお付き合い下さい。
尚、ソースは2ちゃんねる軍事板やその他資料より多分に引用させてもらってます。
出来るだけリンク先をつける様にしていますので、皆さんもリンク先を確認してみてください。



◎ 日本軍は本当に毒ガスを使用したの?

まず、日本軍が毒ガス兵器を使ったのは事実です。

日本軍による毒ガス作戦は、1930年の台湾に於ける霧社事件で使用されたのが最初です。

===霧社事件(むしゃじけん)とは?===
霧社事件 むしゃじけん

アジア 中華人民共和国 AD1930 中華民国

 1930年(昭和5)台湾におこった原住民によるはじめての組織的な反乱事件。台湾は近代日本の植民地では最も資本主義的開発に成功,本国の大資本に巨大な利潤をもたらしていたが,1914年からの同化運動,1921年からの台湾議会開設運動などの民族運動も生起していた。本島人と原住民との二つの被抑圧民族が初めて連携した運動が霧社事件のもつ一つの意義である。事件は10月27日,台中州能高郡蕃地霧社分室管内11のうち,6社の原住民が,学校運動会に集まった内地人を一斉襲撃し,134名の内地人を殺害,総督府は11月19日に軍警共同作戦でこれを鎮圧した経過をもつ。武装蜂起の原因は,道路・水路の補修,駐在所などの建築に伴う材料運搬の苦役,および賃銀支払い遅延に対する不満が重要な一因をなしたとされている。原住民は混乱の襲撃の現場にあって内地人(日本人)134名,本島人(漢民族)2名を殺害。襲撃対象を日本人にしぼっていたことが特徴である。翌年1月,総督以下関係官吏を罷免。

http://www.tabiken.com/history/doc/S/S025L100.HTM


霧社事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E7%A4%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

==========

 当初は現地作成で、台湾総督府中央研究所において飛行機からの投下用に、青酸ガスと催涙ガスを発生させる甲三弾を試作。
少なくとも3発を投下していますが、効果の程は不明でした。
 次いで、日本本土より山砲用催涙弾(緑弾(甲一弾))100発が台湾に送られ、11月18日の総攻撃で使用されたそうです。
 ちなみに緑弾は、催涙性の塩化アセトフェノンが用いられていました。

塩下アセトフェノン
http://homepage3.nifty.com/dokugasu/kaihou05/kaihou0507.html



 宇垣陸相はこの山砲弾を催涙ガスであると国会で答弁していますが、国際連盟の問い合わせでは、幣原外相は、これを「催涙ガスも毒ガスに含まれる」と回答しています。

 中国本土へは1937年7月27日に華北へ「第一野戦化学実験部」が派遣され、日中戦争において毒ガス戦が実戦投入されることになります。

参考:森松俊夫監修・原剛解説 
『「大本営陸軍部」大陸命・大陸指総集成』第三巻 223〜224p
エムティ出版 1994年


1938年12月2日付、閑院宮載仁参謀総長より杉山元北支方面軍司令官などに発せられた「大陸指第345号」によれば、
「在支各軍ハ特種煙(あか筒※・あか弾・みどり筒)ヲ使用スルコトヲ得
但之ガ使用ニ方リテハ市街地特ニ第三国人居住地域ヲ避ケ勉メテ煙ニ混用シ厳ニ瓦斯使用ノ事実ヲ秘シ其痕跡ヲ残ササル如ク注意スヘシ」
とあります。

中国にいる日本軍は、あか筒・あか弾(ジフェニ-ルシアンアルシン)・みどり筒などの特種煙(毒ガスのこと)を使用してもよい。
 ただし、毒ガスの使用にあたっては、市街地、特に第三国人(アメリカ人やイギリス人・ドイツ人など日本人・中国人以外の国民)の居住地域を避け、できるだけ煙に混用し、厳に毒ガス使用の事実を秘し、その痕跡を残さないように注意しなさい

(現代語訳)

 この毒ガス使用は1943年6月に米国大統領からの警告(毒ガスを使用し続けるのなら米軍は日本軍に対しても同じ方法で報復する)により使用が中止されます。
「疫病最終戦争」ビジネス社 p.54-55



日本軍の毒ガス使用状況
 1937〜38年までは実験期
 1939〜43年までは本格使用期


 前半期には、催涙性の「みどり」(塩化アセトフェノン)、嘔吐剤の「あか」(ヂフェニル青化砒素)が主に使用されています。
 使用に関しては、1938年に発行された教育総監部「事変の教訓」第5号、第7号(化学戦の部)に詳しいらしいです。
 尚、「きい」と言われた糜爛性のイペリット,ルイサイトですが、これらが用いられるようになったのは後半期で、1942年の陸軍習志野学校編「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」に使用例が収められています。
両者とも、「毒ガス戦関係資料」(不二出版:1989)に収められています。

* 日本軍で使用された毒ガスは「非致死性」がメインでした。
毒ガスと言うと、相手を「殺す」凶悪な大量殺戮兵器を思い浮かべますが、日本軍が実際に生産し、使用した「毒ガス」は主に催涙や嘔吐をもたらすものであった事に注意。
まぁ、殺傷能力の高い毒ガスを兵器化する化学力、そしてそれを生産化する工業力が未熟だったというのも理由なのですが。


武漢の使用例では、
「堅固なる陣地に拠り頑強に抵抗せる敵を制圧し,軽微なる我損害を以て陣地奪取を可能ならしめ、作戦の進捗に資すること少なからず」
という評価が下されています。

 中国側には国民党、八路軍共に化学戦能力など殆どなかったため、少数使用でもかなりの成果を上げた模様。
 また、弾薬が欠乏した日本軍が、発煙筒を投げつけたところ、毒ガスと間違えた中国軍が動揺し
『日本軍は毒ガスを使用している。防毒装備がないのでこれ以上の追撃は無理』
(軍閥の将軍だから戦意ははなはだ低い)と通信しているのを傍受した。
という話も記録されていたりします。

 ちなみに人民解放軍は相当これに懲りたようで、現代では化学戦には力を入れているらしいです。

 ※“赤筒”は通称。正式には92式嘔吐ガス弾。手投げ及び擲弾筒での発射により使用。


旧日本軍の毒ガス弾などの保有、廃棄、被災などの状況(PDF資料)
http://www.env.go.jp/chemi/report/h15-02/004.pdf



◎ 日本軍の毒ガス使用に関して、国際法上の罪は?

ちなみに、当時の毒ガス使用を禁止した国際条約ですが、
「窒息性ガス,毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」が挙げられます。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19250617.T1J.html

この条約自体は大正十四年六月十七日にジュネーヴで作成され、昭和三年二月八日から効力発生が発生していますが、日本は第二次世界大戦当時この条約に批准して居ませんでした
(だからといって毒ガス使用が許される訳ではありませんが、法的には罪を問えない)
* アメリカも未批准でした。国民党、共産党共に未批准だったのは言うまでもありません。

日本が批准・交付・告示し効力発生したのは昭和四十五年五月二十一日です。

また、この条約では
「窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及びこれらと類似のすべての液体、物質又は考案を戦争に使用すること」
が禁止されていますが、非致死性に分類される嘔吐剤(あか剤)や催涙剤がこれに含まれるのか定かではない上に、支那事変は戦争ではないと主張することもできるので、法的に日本の罪を問うのは難しい。
(改めて・・日本軍の毒ガス使用は現代の倫理的尺度に当てはめるなら、「おかしい」が、当時の国際法に照らし合わせると、違法を犯した訳ではないということ)

さらに、この条約で禁止されていたのはあくまで「使用」であり、「開発・生産・貯蔵」など化学兵器自体を保有する事は認められていました

>化学兵器に関しては、1925年のジュネーブ議定書により「窒息性ガス、毒性ガス等の戦争における使用」が禁止されていたものの、その開発、生産および貯蔵までは禁止されていなかった。
外務省の公式見解
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/cwc/gaiyo.html


さらに国際法の解釈を続けますが、戦時復仇措置としての毒ガスの使用は国際法上でも違法では無く、同程度の使用に限り認められていました


 当時日本陸軍の仮想敵であったソ連は化学兵器大国であり、共産主義黒書によれば1921年にはソ連軍が毒ガスを用いて相次ぐ農民反乱を制圧しています。
 そのソ連を仮想敵とし、敵視される日本が、報復使用の為の化学兵器を研究開発生産し、極東ソ連軍と対峙する関東軍がそれを備蓄していたことは、国際法上全く合法であり、国際法にも違反するものではありません。

 極東軍事裁判を紐解いて見ても、毒ガスの開発・生産・貯蔵・使用で裁かれたものはありません。

 終戦後に国民党政府が行ったB・C級戦犯裁判でも、中国の瀋陽・北京・太原・済南・徐州・南京・上海・溝口・台北・広東の10ヵ所で裁判を行われ、起訴883名、死刑149名、終身刑と有期刑355名の判決が下りましたが、毒ガスの開発・生産・貯蔵・使用の罪を問われ、「通例の戦争犯罪」や「人道に対する罪」でB・C級戦犯として裁かれた者はありませんでした。
 台湾の台北で行われた戦犯裁判でも、毒ガスの開発・生産・貯蔵・使用の罪を問われ「通例の戦争犯罪」や「人道に対する罪」でB・C級戦犯として裁かれた者も、居ません。






ここまで、戦時中の化学兵器使用状況と法との関連に関して書きました。


ちょっと休憩・・・・( ´Д`)y─┛~~ ←現代の毒ガス





では、遺棄化学兵器の問題に移ります。

◎ 日本が中国の遺棄化学兵器を処理しなければならない根拠は?

日本は化学兵器禁止条約(CWC)には1993年1月に署名し、1995年9月に批准しました。
なので、日本はこの「化学兵器禁止条約」に則り、他国に遺棄した化学兵器も処理する義務が生じています。 →化学兵器禁止条約(CWC) 第一条3項

化学兵器禁止条約 (外務省作成資料 PDF)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/cwc/jyoyaku/pdfs/05.pdf


ここで確認しておきたい第一点目は、

処理しなくては成らないものは日本軍が遺棄したものだけであるということです。(当たり前の事ですが・・)

同条約の定義によれば遺棄化学兵器とは、

一九二五年以降、いずれかの国が他の国の領域内にその国の同意を得ないで、遺棄した化学兵器を遺棄化学兵器をいう


ところで、日本は1945年8月、連合国のポツダム宣言に基づいて無条件降伏しました。
そのポツダム宣言は降伏の条件の一つとして、完全なる武装解除を挙げ、日本軍は毒ガス弾を含む全ての武器・弾薬,施設を接取(没収)されています

 つまり中国が連合国の一員だったとするならば、強制的にとは言え、日本は中国を含む連合軍と同意の上で兵器の所有権、管理権を放棄しているのです。
これは遺棄化学兵器に該当するのでしょうか?

もし中国側が遺棄化学弾だというならば、兵器の所有権は日本と連合軍(中国を含む)の同意無く日本が放棄したという事実を中国側が証明する必要があるでしょう
* 日本の外務省は「日本側」に遺棄では無いという証拠が無い為に処理する義務があると答弁していますが・・。どこの国の外交官なんだか^^;

そして、日本軍がポツダム宣言受諾と同時に兵器を引き渡した相手ですが、武器を引き渡した相手については、中国大陸の支那派遣軍約百万においては蒋介石の国民党軍、満州の関東軍約五十万はソ連軍に、朝鮮半島の朝鮮軍は38度線より北側はソ連軍、南側は米軍に引き渡したものと思われます。
* 中国大陸の一部においては、共産党軍の武装解除を受け引き渡した例もあるようです。
これらの武装解除は、終戦から僅か2ヶ月後の1945年10月16日までに完了し、同日にはGHQ総司令官マッカーサー元帥が「日本軍武装解除完了声明」を発表しています。

再度化学兵器禁止条約の条文を取り出しますが、

第2条 定義及び基準

 この条約の適用上
 5.「老朽化した化学兵器」とは、次のものをいう。
  (a)1925年より前に生産された化学兵器
  (b)1925年から1946年までの間に生産された化学兵器であって,化学兵器として使用することができなくなるまでに劣化したもの

 6.「遺棄化学兵器」とは、
 1925年1月1日以降にいずれかの国が他の国の領域内に当該他の国の同意を得ることなく遺棄した化学兵器(老朽化した化学兵器を含む。)をいう。


つまり、日本軍が中国軍に接取された化学兵器は定義としては化学兵器禁止条約の定義上「老朽化した化学兵器」に含まれますが、降伏による武器引渡しの「同意の上」での所有権放棄であり、「遺棄化学兵器」とは言えません。
まぁ、連合国に参戦してたのは当時の国民党であり、中国共産党が批判をするなら「国民党」でしょうけど。


日本人の一般的な心情としては、法律論よりも、倫理的に「処理してあげてもいいでしょう」という方が多いと思います。ピーノ自身もそうでした。
実際に中国が上記の様な無茶な要求をしなければ、遺棄処理費用に関して大方の日本人は認めていたでしょう。

今回は明らかに中国の度が過ぎていました。

ピーノは言いたい。
中国よ、そろそろいい加減にしなさいよ。」と。




最後に、この問題は国会でも議論されています。
その議論のやり取りを長くなりますが、全文載せておきます。


■ 山谷えり子君
 ソビエトと中国共産党の間で、一九四七年から四八年の間、ハルビン協定、モスクワ協定が結ばれました。この中に、敗戦した日本軍の武器を二回に分けてすべて提供すること、ソ連の日本軍から接収した満州の弾薬や軍用物資も安い値段で中共に提供することというのがあるやに聞いております。同意を得てソ連、そしてそこから中共に渡った。相手に引き渡したと解釈できることもまた学説としてあるわけでございまして、遺棄したと主張する立証責任は中国側にあるんじゃないんでしょうか。

○政府参考人(西宮伸一君)
 私どもといたしましては、旧ソ連からいろいろ提供されているということを確実に裏付ける資料の存在がないものというふうに承知しておるわけでございます。

■山谷えり子君 
 日本の武装解除により中国側に引き渡された兵器は現在の貨幣価値にして数兆円とも言われております。管理責任は中国にあるのではないでしょうか。普通、武器一式、書類、数量、保管場所を武装解除のときそろえて渡すはずですけれども、関東軍のものは日本にはないということなんですか。

○政府参考人(西宮伸一君)
 政府といたしましては、平成十五年に化学兵器と思われる兵器、これは手投涙弾などでございますが、を含む引渡し目録と題されている資料が存在していることだけを確認しておるわけでございまして、この中身は、旧日本海軍の第二復員局作成とされるリストでございますが、その中で触れられている武器は手投涙弾等約四千六百発でございまして、それ以外の資料については我々存在を確認しておりません。

■山谷えり子君 
 関東軍のものはソ連に渡っている可能性もありますし、また中華民国に対するものは台湾に残っている可能性があります。また、当時の関係者がまだ御存命ですけれども、その辺は問い合わせられたんでしょうか。

○政府参考人(西宮伸一君)
 政府といたしましては、化学兵器禁止条約に従って忠実に遺棄化学兵器を処理する観点から、できる限りのいろいろな情報収集をしておるものと理解をしております。

■山谷えり子君
 なぜ日本だけがこれをしているんでしょうか。ベトナム戦争でアメリカはどうだったのか。イラン、イラクはどうだったのか。中越戦争で中国は化学兵器を使用したと思われますが、そのほかの国々はそのような処理の条約、約束をしておりませんが、なぜでしょうか、日本だけというのは。

○政府参考人(天野之弥君)
 お答えいたします。
 これまで化学兵器禁止条約にのっとって自国の領域内にある遺棄化学兵器について申告を行った国は、中国のほかイタリア及びパナマでございます。ただし、先生御指摘のとおり、中国以外の二国については、いずれかの国が当該化学兵器を遺棄したとの申告は行っておりません。
 なぜ日本のみが自ら申告し、廃棄の義務を認めたかということでございますけれども、これまでの日中共同現地調査における専門的な鑑定の結果、中国国内には旧日本軍の化学兵器が存在していることが確認されております。他方、これまでの累次にわたる調査の結果、これらの化学兵器を旧日本軍が残置することについて同意したということを示す根拠は見いだされておりません。したがって、条約上、このような化学兵器は我が国が遺棄した遺棄化学兵器に当たり、我が国はこれを申告し廃棄する義務を負うものと考えております。

■山谷えり子君
 根拠を見いだせておりませんとおっしゃいますが、もう少しまじめに根拠を探していただきたいというふうに思います。町村外務大臣、遺棄という言葉が先行していないでしょうか。また、中国側二百万発と言っている。日本は最初七十万発と言いましたが、調べてみたら三、四十万発ではないかというふうに今言われております。また、当初の予算は二千億円だったのが今一兆円。あるいは複数箇所で建設、処理施設を建設というようなことも中国側からは言われているとも聞いておりますけれども、いずれにせよ条約は発効しているわけで、条約の目的は遺棄化学兵器の処理で、中国への経済援助ではございません。将来に禍根を残さないような十分な検証作業をしていく必要があると思いますし、また中国側に説明を求める必要もありますが、どのような姿勢で今後臨まれていらっしゃいますでしょうか、いかれますでしょうか。

○国務大臣(町村信孝君)
 この問題につきましては、化学兵器禁止条約に従って日本が必要な資金負担をするということになっているわけでありまして、今委員からは経済援助ではないよという御指摘がありました。それは正にそのとおりであろうと思います。
 実際、どのように経費が掛かっているか、使われているかということについては、外務省の職員が作業現場で、何台の車が来て、何人の人が従事してという現場を見ながら、彼らの必要、掛かった経費というもののその妥当性をチェックをすると、もちろん書類上のチェックもするというようなことで、請求内容というものを精査して対応していくということをやっておりますので、向こうからとにかくつかみでどんと請求があって、それを全部払うというようなことをやっているわけではございません。
 また、何万発というのは確かに必ずしも決め手のある話ではないとは思われますが、一応我が方からは幾つ幾つということを言いました。しかし,実際ここにはどのくらいあるだろうと推測をしながら作業をしてみると、それより少なかったりする場合もあるし、より多く出てくる場合もあるということなものですから、あくまでもこれは推計としてこの程度があるのではないかということで、実際そこは作業をやってみないと分からないという部分も現実にはあるようでございます。

■山谷えり子君
 中国の作業者に平均、日当、日本は数十ドル払っているんですが、本人たちに支払われた額は百三十円。外務省はちょっとおかしいんじゃないかと言いましたところ、中国側はちゃんと答えていないということもあるわけでございまして、もう少し明細書もしっかりともらうようにしていただきたいと思います。
 また,その遺棄の定義があいまいであるということについてはどのようにお考えでございましょうか。

○政府参考人(西宮伸一君)
 今大臣からお答えした点の繰り返しになるかもしれませんが、経費の内容につきまして透明性の確保が必要不可欠であることは御指摘のとおりだと存じます。この点につきましてはいろんな場で中国側に強調しておりますが、先ほど大臣からもやや細かめに言って、答弁申し上げましたように,我々といたしましても、中国政府から必要な経費として提示された請求に対しては、請求内容をよく精査して中国側に確認しているところでございます。
 それから、化学兵器の遺棄の定義そのものは先ほど来ございますけれども、実際の化学兵器の処理に当たりましては、中国で発見される化学兵器が旧日本軍のものであるかどうかを判断するということは非常に重要でございまして、そのために現地調査を行っておりまして、専門家による鑑定等により旧日本軍のものと確認された場合に日本側がその処理のための措置を行っておるわけでございますけれども、この専門家による鑑定といいますのは、OB自衛官など本当の専門家による厳密な鑑定を経た上で旧日本軍のものであるということを確認しておるわけでございます。

○委員長(林芳正君)
 山谷君、時間でございます。


第162回国会 外交防衛委員会 第17号,2005/7/5


山谷えり子議員に関してはこちら
http://www.yamatani-eriko.com/




化学軍縮と日本の産業―化学兵器禁止条約交渉を理解するための基礎知識
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