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zoom RSS 旧日本軍化学兵器処理問題 引継文書発見

<<   作成日時 : 2006/05/28 12:55   >>

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旧日本軍化学兵器処理問題 中国やソビエトに兵器が引き渡されたことを示す書類発見

旧日本軍が遺棄したとされる化学兵器について、兵器が引き渡されたことを示す書類が見つかった。この発見は国会でも取り上げられた。
旧日本軍が遺棄したとの前提で日本政府が資金や技術などを提供してきた化学兵器処理問題。

26日に行われた衆議院内閣委員会で、自民党の戸井田 徹議員はこの問題に疑問を示した。
戸井田議員は「手元にお配りいたしました引き継ぎ書にあります日本側と中国側の授者(受者)の署名・なつ印は、引き継ぎ者側の同意を得ていたことになります」と述べた。
戸井田議員が配った資料は、旧日本軍が中国やソビエトに化学兵器を正式に引き渡したとされる「兵器引き継ぎ書」
ジャーナリストの水間政憲氏から提供されたものだという。

戸井田議員は「旧日本軍の化学兵器なども同じように引き継ぎ者側の同意を得ていたのであれば、当然、旧日本軍の化学兵器といえども、所有権は中国側に移行したものと理解しておりますけども」と述べた。

外務相の梅田邦夫参事官は「今この時点で明確なお答えをすることはできない」と述べた。
日本は1997年発行の化学兵器禁止条約に基づき、廃棄することが義務づけられている。
日本政府は2000年以降、970億円を投じて化学兵器の発掘、回収事業を実施。事業総額は2,000億円以上とみられている。

中国・吉林省敦化市ハルバ嶺には、遺棄化学兵器が30万発以上も眠っている。
中国やソビエトに化学兵器が引き渡されていた場合、遺棄したのは旧日本軍ではない可能性もある。

戸井田議員は指摘の意義を「中国との関係が変わってくる可能性がある」、「遺棄化学兵器に関しては、関係きちんと精査して、真実はなんだったのかということをそこに出せる資料なわけですよ」と強調した。

安倍官房長官はこの兵器引き継ぎ書について、「遺棄化学兵器が当該目録に記載されているかどうかが、1つある意味でポイントになる」と述べた。
日本政府も精査の必要があるとした兵器引き継ぎ問題。兵器が中国やソビエトに引き渡されていたならば、補償を求めてきた中国と日本外務省の姿勢が問われることになる。


フジテレビより
http://fnn.fujitv.co.jp/headlines/CONN00090741.html


以下、正論6月号に掲載されているそうです。
(2ちゃんねるより転載)

スクープ:旧日本軍兵器引継書
  撮影・解説 水間 政憲

シベリア資料館に所蔵されている旧日本軍兵器引継書の一部。実数は支那派遣軍の各軍及び直轄師団のすべてを網羅し、約六百冊に上る。
 
眠りから醒めた旧日本軍兵器引継書
 
戦後の数奇な時空から、私の前に現れたのは、膨大な量の旧日本軍兵器引継書の原本であった。それは、ゴルバチョフ・ソ連大統領時代からのグラスノスチの自由と民主主義の「風」にのってロシアから、山形県にあるシベリア史料館に来たのだ。

しかし、元全国抑留者協会長、斎藤六郎氏が亡くなられてから十年以上封印されてきた。埃を被っていた段ボール箱を開けた
のは、十年間で私が初めて。何ものかに導かれるかのように開けた最初の箱から大量の兵器引継書が出てきたのである。

これらの史料は、一九八〇年代に朝日新聞が火をつけ、媚中派政治家、外交官と中国が連動して育ててきた「遺棄化学兵器」問題を根底から覆すことのできる、第一級の歴史史料なのである。




※旧日本軍の遺棄化学兵器問題については、過去記事で論じていますので、こちらを参照。

■ 旧日本軍の遺棄化学兵器問題について考える http://pinoccio.at.webry.info/200601/article_6.html


中国遺棄化学兵器処理に関する日中間の覚書の署名について

平成11年7月30日

1.わが国政府は、中華人民共和国政府との間で、化学兵器禁止条約に基づく中国の遺棄化学兵器処理の基本的枠組みにつき認識の一致をみ、これに従い、遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書の署名が7月30日(金)北京において、わが方谷野作太郎在中華人民共和国大使と先方王毅中華人民共和国外交部部長助理との間で行われた。

2.わが国は平成3年より、中国に残置されている旧日本軍の化学兵器につき実態把握のための現地調査を鋭意進めるとともに、化学兵器禁止条約の発効を間近に控えた平成9年4月より日中共同作業グループ会合を開催し、今後の処理に関する基本な考え方や処理の段取り等につき中国側と協議を続けてきた。

 本件廃棄処理については、化学兵器禁止条約に基づいて取り組んでいくことで日中双方が一致しているが、従来からの協議内容を踏まえて今後の処理の枠組みについての日中間の一致した認識を確認したいとの中国側の意向を受けて、日中間で鋭意協議を行ってきた。この程、化学兵器禁止条約に基づく遺棄化学兵器の廃棄に際して必要となる両政府間の協力の内容等につき認識の一致をみたので、覚書に署名を行うこととなった。

3.覚書は別紙参照。なお、主要点は以下のとおり。

(3)日本国政府は、「化学兵器禁止条約」の規定に従って、遺棄化学兵器の廃棄のため、すべての必要な資金、技術、専門家、施設およびその他の資源を提供する。中華人民共和国政府は廃棄に対し適切な協力を行う。

(8)廃棄の過程で万一事故が発生した場合には、両国政府は直ちに協議を行い、その基礎の上に、日本側として必要な補償を与えるため、双方が満足する措置をとる。中国側は日本側の措置に適切な協力を行う。


以下略)

外務省ホームページより 抜粋
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/cw/shomei.html




220 <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん sage New! 2006/05/27(土) 23:48:51 ID:wMTFcupw
なんで他の議員は声を大にしておかしいっていえない(いえなかった)の?
そんなに河野の力がつよいの?

222 <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん New! 2006/05/28(日) 00:24:05 ID:KutI+Jzs
>>220
当時の河野は外務大臣。
バックは野中広務、首相は村山富市、協力者は外務官僚の槙田邦彦。
ちなみにこの槙田邦彦、
北朝鮮の拉致で「たった10人のことで国交正常化が止まってもいいのか」と発言した。

「慰安婦」の「河野談話」の時は
官房長官が加藤紘一、首相は宮沢喜一。




戸井田議員について

略歴
1951(昭和26)年11月25日生まれ
学徒出陣(中央大学法学部在学中)で中国(旧満州)に衛生兵として応召され、終戦後も中国に残留(昭和28年7月、12年ぶりに帰国)を余儀なくされた戸井田三郎(衆議院議員清瀬一郎秘書、のちに衆議院議員、厚生大臣)、須磨子の二男として、中国河南省に生まれる。
1975(昭和50)年 3月
獨協大学法学部法律学科卒業
1976(昭和51)年12月
衆議院議員公設秘書
1990(平成 2)年 1月
厚生大臣秘書官
1994(平成 6)年 1月
衆議院議員政策担当秘書
1996(平成 8)年10月20日
第41回総選挙中に父が急逝。急きょ、兵庫11区から自由民主党公認候補として衆議院議員選挙に補充立候補。父の遺志を継ぎ、64,896票で初当選。
2005(平成17)年9月11日
第44回衆議院議員総選挙で、兵庫11区から自民党の公募公認を受け立候補、113,401票獲得し、2期ぶりに再選を果たす。(2期)現在、自由民主党兵庫県第11選挙区支部長
所属
国会 (衆議院のサイトはこちら)
内閣委員会 理事
厚生労働委員会 委員
教育基本法に関する特別委員会 委員

自民党 (自民党のサイトはこちら、 自由民主党兵庫県支部連合会のサイトはこちら)
厚生労働部会 副部会長
文部科学部会 副部会長
食育調査会 幹事
広報本部 出版局長 局長
広報本部 副本部長
商工・中小企業関係団体委員会 副委員長
環境関係団体委員会 副委員長
社会教育・宗教関係団体委員会 副委員長
文教制度調査会 高等学校教育小委員会委員長


http://www.toidatoru.com/


おかしい事は「おかしい」と声を挙げる風土がようやく整いつつあります。
それにしても、野中、河野、村山。あの闇の時代の負の遺産は大きいですね。





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