ピーノの独り言

アクセスカウンタ

zoom RSS シベリア孤児救済に見る昔の日本人

<<   作成日時 : 2006/06/20 18:12   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0


■大和心とポーランド魂■

「何時までも恩を忘れない国民である」との言葉は、阪神大震
災の後に、実証された。96年夏に被災児30名がポーランドに
招かれ、3週間、各地で歓待を受けた。

 世話をした一人のポーランド夫人が語った所では、一人の男
の子が片時もリュックを背から離さないのを見て、理由を聞く
と、震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くし、家も丸焼けになっ
てしまったという。焼け跡から見つかった家族の遺品をリュッ
クにつめ、片時も手放さないのだと知った時には、この婦人は
不憫で涙が止まらなかった、という。

 震災孤児が帰国するお別れパーティには、4名のシベリア孤
児が出席した。歩行もままならない高齢者ばかりであるが、
「75年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもた
ちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救
済の話を聞かせたい」と無理をおして、やってこられた。

 4名のシベリア孤児が涙ながらに薔薇の花を、震災孤児一人
一人に手渡した時には、会場は万雷の拍手に包まれた。75年
前の我々の父祖が「地球の反対側」から来たシベリア孤児たち
を慈しんだ大和心に、恩を決して忘れないポーランド魂がお返
しをしたのである。


http://www2s.biglobe.ne.jp/%7Enippon/jogbd_h12/jog142.html







Flash 大和魂とポーランド魂 New Version

http://shupla.w-jp.net/datas/flash/polandNewVer.html











日本大使館が庇護したレジスタンス活動

 1939年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の報に接するや、
イエジ青年は、極東青年会幹部を緊急招集し、レジスタンス運
動参加を決定した。イエジ会長の名から、この部隊はイエジキ
部隊と愛称された。

 そして本来のシベリア孤児のほか、彼らが面倒を見てきた孤
児たち、さらには今回の戦禍で親を失った戦災孤児たちも参加
し、やがて1万数千名を数える大きな組織に膨れあがった。

 ワルシャワでの地下レジスタンス運動が激しくなるにつれ、
イエジキ部隊にもナチス当局の監視の目が光り始めた。イエジ
キ部隊が、隠れみのとして使っていた孤児院に、ある時、多数
のドイツ兵が押し入り強制捜査を始めた。

 急報を受けて駆けつけた日本大使館の書記官は、この孤児院
は日本帝国大使館が保護していることを強調し、孤児院院長を
兼ねていたイエジ部隊長に向かって、「君たちこのドイツ人た
ちに、日本の歌を聞かせてやってくれないか」と頼んだ。

 イエジたちが、日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを
大合唱すると、ドイツ兵たちは呆気にとられ、「大変失礼しま
した」といって直ちに引き上げた。

 当時日本とドイツは三国同盟下にあり、ナチスといえども日
本大使館には一目も二目も置かざるを得ない。日本大使館は、
この三国同盟を最大限に活用して、イエジキ部隊を幾度となく
庇護したのである。


http://www2s.biglobe.ne.jp/%7Enippon/jogbd_h12/jog142.html




当時の日本人達を見て、私は恥ずかしくなりました。
今の私は彼らに胸を張れる様な人間性を持ち合わせているのかと・・。

敗戦によるショック、そして戦後の左翼思想が蔓延する中、過去の日本人象も歪められたものとなりました。

多くの人々に苦痛を与えたのが日本人だとすれば、その一方で多くの人々に希望をもたらした日本人も居たのです。

過去を全て否定するのではなく、当時の日本人を再認識し、そしてその美徳を受け継ぐ事が今の日本に必要な教育だと思います。

私に子供が出来れば、このような故事を子供達に教え、そして手本にして育てようと思います。






台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸をはりなさい
台湾人と日本精神(リップンチェンシン)―日本人よ胸をはりなさい (小学館文庫)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
シベリア孤児救済に見る昔の日本人 ピーノの独り言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる