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zoom RSS 硫黄島からの手紙 -お勧めの評論-

<<   作成日時 : 2007/01/16 21:56   >>

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硫黄島からの手紙に関して、とても良い評論がありましたので、こちらで紹介させて頂きます。




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Flags of Our Fathers
 
Clint Eastwoodは偉大なfilm makerである。もしかすると、未来の映画史には20−21世紀で最も偉大なハリウッド映画監督として記憶されることになるかもしれない。
 
なにしろ、『Dirty Harry』と『The Gauntlet』で刑事映画のスタイルを完成させ、『Pale Rider』と『Unforgiven』で西部劇のスタイルを完成させ、『Heartbreak Ridge』と『Flags of Our Fathers』で戦争映画のスタイルを完成させたのだから。
 
「スタイルを完成させた」というのは、これ以上洗練された映像をつくり出すことがほとんど不可能ということである。
 
Clint Eastwoodの映画について形容する言葉を一つだけ選ぶとしたら、それは「洗練」ということになるだろう。彼の映画ではすべてが「少しだけ足りない」。俳優は説明的な演技を禁じられており、感情表現はできる限り抑制されている。画面は観客が予想するよりもわずかに早くカットアウトされる。ライトは画面のすみずみまでに行き渡り、俳優の表情をくまなく見せるには少しだけ足りない。重要な台詞を語るときは、観客が耳を澄ましてわずかに身を前に乗り出す程度に音量が抑えられる。
 
すべてが「少しだけ足りない」。そのせいで、観客は映画の中に、自分の責任で、言葉を書き加え、感情を補充し、見えないものを見、聞こえない音を聴くように(それと気づかないうちに)誘われる。そんなふうにして、Clint Eastwoodは観客を映画の「創造」に参加させてしまう。
 
「洗練」とはこの「節度」と「参加」のことだと私は思う。私たちが「洗練」を感じるのは、よけいなものをすべて削ぎ落としただけでなく、それが完成するために、私たちのわずかな「参加」を控えめに求めるものについてである。それを享受するために、私たちがささやかな「身銭を切る」ことによって、そこにはあるオリジナリティが加算される。クリント・イーストウッドの映画を見ている私たちは、それぞれに、少しだけ違う「私だけの映画」を見ているのである。
 
だから、硫黄島の映画を、Clint Eastwoodが監督したということには、必然性があると私は思う。なぜなら、私たちがもっとも「節度」と「参加」を求められるのは、「戦死者」について物語るときだからである。
 
アメリカ人にはアメリカ人の戦争の物語があり、日本人には日本人の戦争の物語がある。そして、ひとりひとりのアメリカ人日本人にとっても、語り継ぐ戦争の物語はひとりひとり違っている。
 
死者の固有名は、その名を記憶しておきたいと強く念じる人間だけが記憶し、死者についての物語は、その物語を語り継ぐ決意を持つ人間がいるときだけ語り継がれる。死者ついて、「このように記憶せよ」「このように物語れ」と他者に強要する権利は誰にもない。その死の現場に立ち会ったものにさえ。
 
「戦死者を弔う」ための正しい服喪の儀礼があるとすれば、それはこの映画でClint Eastwoodが採用したような、物静かで謙抑的な語法をもって語られるしかないだろう。Clint Eastwoodが「戦争映画のスタイルを完成させた」というのはそのような意味においてである。
 
Letters from Iwo Jima
 
「よいニュースと悪いニュースがある。どちらを先に聴きたいか?」と問いかける、という場面にハリウッド映画ではよくお目にかかります。「悪い方から」と答えるのが映画の定法ですから、ここも悪い方から。
 
「悪いニュース」は、この映画が、日本ではなく、アメリカのfilm makerによって作られたということです。硫黄島で死んだ二万人の兵士を鎮魂する映画は、どう考えても、日本人が自力で作るべき映画でした。にもかかわらず、日本には戦後60年間、それだけの志と力量のあるfilm makerが出てこなかった。
 
この映画の中で、私たちは「天皇陛下万歳」と「靖国で会おう」という常套句に何度か遭遇します。これまで見たどのような戦争映画でも、私はこのようなイデオロギー的言明に悪寒以外のものを感じたことがありません。けれども、この映画においては、私はその言葉に不覚にも目頭が熱くなりました。間違いなく多くの日本の兵士たちは死に際して、最後の希望をその言葉に託したのですから。その動かしがたい事実が淡々と、どのような判断も込めずに、ただ記述的な仕方で示されているときに、「そのような言葉を口にすべきではなかった」というような、あと知恵の政治的判断は、ほとんど力を持ちません。
 
このことがどれほどの力業であるかを理解したければ、日本人のfilm makerが「アメリカの兵士たちが日本軍と戦って死ぬ映画」を作って、そのアメリカ人兵士たちの佇まいの描き方の精密さがアメリカの観客たちを感動させるという事態を想像してみればよろしい(私には想像できません)。
 
一方、「良いニュース」もあります。それは日本人であれアメリカ人であれ、誰が営んでも、喪の儀礼は喪の儀礼として、呪鎮の機能を果たすということです。戦後60年間、日本人のほとんどの記憶から忘れ去られようとしていた硫黄島の死者たちの霊は、この映画によって、少なからぬ慰めを得たと私は思います。


おとぼけ映画批評
http://movie.tatsuru.com/2006/12/31_1929.html




関連過去記事

■ 硫黄島の戦い -Letters from Iwo Jima-
http://pinoccio.at.webry.info/200612/article_1.html







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2007/02/02 23:06
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彼氏との映画館デートの約束が本当に楽しみ♪どの映画にするか、結構悩んじゃいますね~。「硫黄島からの手紙」気になります♪ ...続きを見る
今日は何を書こうかな♪
2007/02/13 16:43
映画DVD「硫黄島からの手紙」
2006年アメリカ 見ておもしろい。と言う作品ではないのでしょう。 戦争の悲惨さ、滑稽さ、無意味さが伝わってきます。 こんな闘いがあった事は知りませんでした。 ...続きを見る
映画DVDがそこにある。
2007/11/24 16:15

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