ピーノの独り言

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zoom RSS 自然的"美"を尊ぶ日本 人為的"美"を尊ぶ韓国

<<   作成日時 : 2007/02/01 21:08   >>

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韓国の食器は品がないって?P76-79
もう一つ、美について。
私が来日して間もない頃、韓国に行ったことがあるという日本人によくいわれたことがある。
どんなことかというと「韓国に行くと焼き肉とキムチはおいしいけど、あの食器をなんとかしてくれませんかねえ」なのである。
韓国ではステンレス製の食器を使う。ご飯の茶碗もスープのお椀もステンレス製、これで食べるなんて、まったく味気のないというのが、皆さんのご意見だった。

それで、なんで味気がないのかと聞くと「品がないから」という。
それを聞いて私は、大きなショックを受けてしまった。
まさか、あんなに上品で綺麗なものが、と思ったのである。
韓国といえば李朝時代にしろ高麗時代にしろ、磁器は高価な美術品としてあったので、日常的な生活に用いるものではなかったのである。

そうすると、一般庶民は食器に何を使っていたのかというと、日本の陶磁器みたいなよいものではなくて、砂に近い土で作った粗末な土器の食器だった。
それに対して上流階層の人たちの食器は何だったかというと、真鍮で作ったものだった。それは金色にキラキラと輝く、まさしく韓国人好みの美しさ、庶民にはとても手の届かない高嶺の花だった。銅の成分が多くて磨かないと錆びるのだが、磨けば磨くほどキラキラと輝く、庶民たちの憧れの的だった。

一般庶民は近代に入ってもなお、このキラキラと輝く真鍮性の食器にすっと憧れ続けてきたのだが、戦後ある企業が磨かなくてもキラキラと輝く食器を開発した。
それがステンレス製の食器なのである。
これなら安くて庶民も手が届く。まだ私が幼い子供の頃だったけれども、なんて品格があって綺麗なんだろうと思い、早く家でも買わないかと楽しみにしていたことをよく覚えている。この食器があっという間に韓国の台所を席巻したのである。
田舎の隅々まで、このステンレス製の食器が広まった。そして私が二十七歳のときに日本に来るまで、この食器を品がないといわれるとは、まさか想いもしなかったのである。

それが日本に来てみて、「あれは品がない」といわれ、そんな馬鹿なと心の底からショックを受けたのである。
「品があるかないか」の感じ方に、民族性の違いがそんなにあるとは思いもしなかった。
それならばと、アルバイト先の社長に「日本人が品が良いと言うのはどんなものなのか」と聞いてみた。そのときに見せてくれたものは、今でも忘れることができない。今から思えば信楽焼だったようだが、これがなんと、分厚くてどす黒くザラザラしていて、しかもグニャッとねじれた形の「えーっ、これが?」と驚くしかない代物だった。
これが何万円もする高価な茶の湯の茶碗で「日本人はこういうのが好きな人が多いんだよ」というのである。韓国では犬が使う茶碗にそっくり、これが品があるなんて、とうてい信じられないことだった。

それで、ステンレス製の食器は、日本では監獄に入れられた囚人が使う食器だそうなのである。あるとき日本映画を観ていたら、たしかに囚人たちは金属製のステンレスらしき食器で食べていた。とても悲しくなってしまったことを覚えている。

陶磁器の歪みは、もともとは技術が未熟なために生じるもので、文化的には克服すべきものとしてある。日本以外の多くの文化ではそうだ。また素材の土が感じられるような肌や色合い。これもやっぱり文化的には克服すべきものである。
高級白磁のように、素材が何かをまったく感じさせず、ガラスのようにすべすべで、どこにもムラも歪みもない完璧な形であってこそ高度な文化の所産というものではないか。疑いなくそう思っていたのである。

だから、どう考えても、この人たちはわからないなと、そう思うしかなかった。しかしそんなことでは日本では暮らせない。そこで私は、日本人の感性をもっとよく知らなくちゃということで、自分の食生活をステンレス製の食器から日本の陶磁器製の食器に変えてみた。それで、地方などに行くたびに、日本の焼き物を一つ一つ化って集めて良い他。とくにどす黒くて分厚くて歪んだものを中心に集めていった。

そうやって、無理にオタクになろうとしていうちに、集めるのがとても楽しくなっていったのである。この歪みは何とも言えないとかかんじたりして、日本人の気持ちがわかるような気にもなってきた。それで今や、すっかり日本の陶磁器のファンになってしまっている。

韓国から友だちや親戚が来ると、わざわざ例のどす黒くてグニャッとねじれた食器を出してあげる。すると「なにこれ?犬の茶碗?」という友だちがいるし、親なんかは「早くもっと良いものに替えなさい」と哀れんでくれたりする。そこで一席、日本美のなんたるかをぶって(講釈して)みせるのだけれども、いまだに通じたことがない。

呉善花著 濃縮パック コリアンカルチャー(三交社.2003/7/1発刊)


エンコリのとある投稿より
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&page=2&nid=2758522





人為的な美しさを尊ぶ韓国
人為的美しさよりも、自然そのものの美を尊ぶ日本

両国の価値観の違いは面白いですね。





ちなみに、次に挙げるのは、天皇家の別荘(離宮)の門です。


その別荘の名は"Katsura"。


施主は当時天皇の弟、八条宮(Hachijono miya)。


パトロンは当時の最高権力者、徳川幕府。


設計者の提示した条件は"費用と時間を好きなだけ使わせること"


日本で最も洗練された建築と言われています。


その門。


すなわちこれです。






画像







主題から少し離れますが、侘び寂とは?

◇ 侘(wabi)は侘を「正直に慎み奢らぬ様」「清浄無垢」を表しています。今日の茶道における意味としては、「粗末な状態に満足する精神的境地」。 英語に訳すとimperfect

◇ 寂(sabi)は古いものの内側からにじみ出てくるような、外装などに関係しない美しさの事。 骨董趣味でもあるけれど、西洋のantiqueと異なる点は寂(sabi)はより自然そのものの作用に重点がある一方で、西洋では歴史面に重点が置かれていますね。







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