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zoom RSS 反省好きと反省嫌いの間柄

<<   作成日時 : 2007/03/03 11:24   >>

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韓国人には理解が難しい日本文化 | HOT! テーマトーク

No.535085 投稿者: palystation 作成日: 2007-03-03 04:56:52



私はいかにして<日本信徒>となったか(PHP研究所.1999/7/1発刊)呉善花

反省好きと反省嫌いの間柄


そこで、ちょっと強引な言い方になるけれど、日本人というのは非常に反省好きな民族ではないのか。

韓国にいた頃には「日本人というのはまったく反省の出来ない民族だ」ということをずっといわれてきた。

ようするに「植民地時代のことを日本人はいまだに反省していない」そのまますべてに拡大していうのである。


今なおそう言い方がされていて、竹島問題とかあると、韓国ではそのたびに「日本人といのは、やっぱり根本的に反省できない民族だな」ということをいっている。

ところがところが、日本人とつき合って見れば、至る所で反省ばっかりしていることがよくわかる「植民地」のことでは、かなり、過剰気味の反省を示す人すら多いし、日常生活をなると本当に反省ばかりなのである。

たとえば約束した時間に遅れたときに、韓国人はなかなか反省しようとしない。
それが日本人だと、まずは必ず「ごめんなさい」という。「遅れて申しわけありません」という。

韓国人の場合だと遅れたことを、何かのせいにしなくてならない。
これは、言葉がそうなように、能動的というか対抗的な精神構造とも関係があって、
まずいうべき「ごめんなさい」をいわなくて「家を出ようとしたら電話がかかってきてね」とか
「道が混んでいてね」という言い方ですまそうとする。

私も気づかずに、ずっとそんなふうに言い訳をしていたらしい。それをあるとき日本人に指摘された。
なんで韓国人はその場で謝ろうとしないのか、どんな理由があっても約束の時間に遅れた場合は申しわけないとまず言うべきじゃないか、と痛い所をつかれた。

私はそういわれてはじめて、なるほど韓国人はなかなか「ごめんなさい」といわないなと気がついたのである。

日本人だと、小さなことでも相手に迷惑をかければ、必ず「ごめんなさい」とか「悪かった」という。
それから次に、その理由を言うか言わないかと言うことになる。

言い訳がましさを嫌うのだろう。理由を言わない場合はとても多い。
しかし韓国人は、迷惑をかけてもなかなか謝ろうとしないし、反省をしようともしない。
いったいどいういうわけかというと、頭を下げたら負けという気持ちが強いからである。

韓国人は「日本人は反省を知らない」なんて言うけれど、韓国人のほうこそまったく反省をしない国民性をもっているということ、現実の日本を知って嫌と言うほど思い知らされた。

つまり韓国人はコーヒーを飲んでしまった相手を責め、こちらをのぞいている相手を責め、自らを振り返えろうとはしないタイプの人間。そういいうことになってくる。

ただ、悪気があってのことではなく、いってみれば他者への配慮の意識がとても薄いのである。
で、自分、自分という関心意識がとても強いのである。

もう一つ例を挙げたい。あるとき、私が日本人の友達と急いでどこかに行こうとして
タクシーを待っていたときのこと。

タクシーに手を挙げてタクシーがちょっと向こうで止まったとき、先の方の車の陰からスッと人が出てきて乗ってしまったのである。

なかなか空きのタクシーが来ない時だけに、二人ともイライラしていた。
私もその日本人の友達も、その時の気持ちはまったく同じで、二人とも同時に不満がそのまま言葉になった。

そこで私がなんと言ったかというと「先に乗るなんて、とんでもない人ね」だった。
で、日本人の友達が言ったのは「ああ、乗られてしまった」だった。やはり受身形なのである。
乗ったあいつが悪いというのが私の表現、悔しいけど乗られた私が悪かったと言うのが彼女の表現、まさに、ここが違うのである。

そんなこともあって、日本にいる以上はと私も盛んに受身形をつかうようになっていったのだが、そうしていると、今度はだんだん自分が惨めになっていくような気がしてならないのである。

いつも反省ばかりしているみたいで、非常につらくなってならない。
自分が悪くもないのに自分が悪かったという気持ちになっていかなくては受身形が使えない、
こんなおかしなことはないと、鬱屈した気分がしばらくの間続き、なんだかとてもやるせなかった。

でも、だんだんつかうのに慣れてくると、この方がいっそう気分が楽だと言うことがわかりはじめてきた。

少しでも自分に非があれば、なにはともあれ謝って自分を反省していく姿勢を示せば、人間関係がとてもうまくいくのである。

なぜ韓国ではそうならないのかというと、謝ったり反省したりすれば自分の負けになるとか、相手の下の位置に就くことになるとか、そういう社会生活上の力関係に関わってくるからである。

でも日本では、そんな心配は一切いらない、そんな社会的プレッシャーがないから、自然に謝れるし反省出来る。これが日本社会なんだなということが分かってきた。

ある意味では、私はこの受身形で打ちのめされて、受身形で立ち上がったということができた。
そういえるくらい、受身形は私には非常に大きな問題だった。


http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&page=3&nid=604880








過去の問題に執着し、日本に謝罪を要求するのも、日本が頭を下げる事により、韓国は日本よりも上なのだというカタルシスを得るのが共通した目的となっているからでしょうね。

慰安婦問題にしろ、教科書問題にしろ、いくら事実を提示しても、拒否され続けるのは、結局、韓国側にとって謝罪要求を通した上下関係を決める背比べ的な意識が根本にあるからなのでしょうね。

日本の言い分を認める事は「負け」になる。頭を下げさせれば「勝ち」になる。

戦後永らく、歴史問題等について、日本は常に「受身形」でした。
教科書問題でも、靖国問題でも、頭を下げたのは日本でした。
慰安婦問題でも、頭を下げる事により、矛を収めようとしました。

それが、昨今の情報通信革命によって、「事実」を国民自身が自分達で探求するようになります。

彼らの謝罪要求は、正当な理由に基づくものなのか?

国内のメディア、そして政府は恣意的な情報しか流さない上に、いつまで当事者でない私達は過去に縛り付けられなければいけないのか?

それが嫌韓流の爆発的な人気を呼びました。
何度も書いて居ますが、嫌韓流は結局の所、国内メディアに対する批判本です。

それまで受身形だった日本の変化に戸惑ったのは、特定アジアの国々でした。

面白い事に、2ちゃんねるに代表される匿名掲示板が主流になった事で、アクセスや発言が容易になった反面、逆に資料の客観性やソースと呼ばれる情報源については、信頼性が重要視される事になりました。

つまり、@ 誰もが納得出来る「証拠」 を基に、A 「大勢の人間」が議論を戦わせ、B その中で論が取捨選別されていくという事がネットから始まっていったのです。

勿論、誹謗や中傷も同時に拡散する事もあり、メディアはそれを好んで取り上げていましたが、そこのみに焦点を当てていれば、本流を見失います。
事実、メディアの昨今の日本人の論調の変化について指摘した文章は、どこかピントがずれていたものが多かったですね。単に知らないのか、知らないフリをしているのかは別にして。

特定アジア側のリアクション、論調は、日本側に常に新鮮な刺激を与え続けています。
ある意味「覚醒させ続けてくれている」といっても良いかと思います。
その意味では、感謝したいですね。






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「反省好きと反省嫌いの間柄」について
「反省好きと反省嫌いの間柄」について ナルホドなァ、と納得しました。以前朝生テレビに頻繁に出演してた韓国女史(最近はナゼか見かけない)の言動を思い出すと、まさに正鵠を射るだな。 大陸の片隅に位置してたえず強国からの介入に脅かされてきた民族が生きる術として身に着けた性根でしょう、だから本国に住まいの人々は周りが同様だから気付かないて事だろうか?日本人のお花畑的な場違い過剰反省もイラつくけどさ。 ...続きを見る
totoro
2007/03/05 13:14

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>上下関係を決める背比べ的な意識が根本にあるからなのでしょう。
 母さん・・・韓国人の無意識の中の本音は「日本人より上でありたい」な訳で。それなら子供の代、孫の代になってもこんな要求は続くわけで。それは不幸なことだから、どこかで断ち切らないといけないと思います。
>つまり@〜
 父さん・・・一部の集落なら可能な直接民主制が、なんかネットを通じて直接民主制ごっこが可能になったみたいです。ボクはびっくらこいてます。なんか民主主義が動いてゆきそうだから。既存のマスコミは、自分には力の及ばないところで事が動いてゆくのが許せないのでしょう。父さんが言ってた「自然に逆らうな」をマスコミに送りたいです。
黒板不純
2007/03/03 21:05
なるほどねぇ・・同じことでも、違う見方をしてるってことですよね。逆に日本人は主張がないと言われるのは、貴方が発見されたポイントが影響しているのかもしれませんね。面白い。私も勉強になりました。ありがとうございます。
MUSASHI
2010/07/29 00:26

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